星野ロミが残したブログ「楽しいキャンプ生活」(romihoshino.com)がヤバい。

星野路実が日本へ移送し著作権法違反容疑で逮捕されました。

その際に星野路実が着用していたTシャツに以下の文字列が。

「ManilaMura」
「http://romihoshino.com」

このromihoshino.comについて解説していきます。

romihoshino.comは星野路実氏の日記

romihoshino.comへアクセスしてみると現在は「メンテナンスモード」と表示され、記事を読むことができません。

http://romihoshino.com

 

ですが、このwebサイトはWordpressで作成されていて、wordpressにはRestAPIというものがあります。

それを使うことでメンテナンス中でも記事を強制的に読むことができます。

 

ここでは、現在読めない星野路実のブログを紹介していきます。

サイトタイトル:
楽しいキャンプ生活

サイト説明:
楽しいキャンプ生活 – フィリピンイミグレーションが運営する外国人キャンプに二ヶ月半勾留されていました。

 

ここまではまあ、普通なのですが、記事の内容が本当にそのまま。
星野路実に起こったリアルがそのまま書かれています。

現在、記事が読めない状態なので全文抜粋しています。
多くの人が星野路実という人間がどういう人なのかを知らないと思うので新鮮だと思います。

 

楽しいキャンプ生活

マニラの空港でインターポールに拘束される!

http://romihoshino.com/?p=11より

投稿日:2019-09-22T21:17:25

最終更新:2019-09-23T23:24:34

2019年7月7日、香港旅行のためにマニラのニノイ・アキノ国際空港に向かうためグラブというタクシーを呼ぶアプリでタクシーを呼ぶ。空港に行く道が混んでいて(マニラは渋滞がひどいのだ)13:30前に到着した。

チケットを発行したり、荷物を預けたりしたら、ぎりぎり搭乗に間に合うだろうかという時間だ。しかし空港内へ入場するための人たちの列が長い。そこで30分はかかってしまうだろうと考え、ポーターに1000ペソを渡し、優先的に通してもらい、Airasiaのチェックインカウンターまで荷物を運んでもらう。

カウンターはまだ開いていて「間に合ったー!」とほっと一息ついて列に並んでいると肩を叩かれた。振り返ると二つ折りのインターポールの手帳を開けて見せられ、近くの椅子に誘導される。思わず「銭形のとっつぁ~ん」と言葉が出そうであった。そこで7月5日から一週間有効な裁判所発行の拘束許可の書類を見せられる。名前のスペリングが違うので「この書類は無効だ」と主張すると「ここはフィリピンだから有効だ」と告げられる。なるほど。フィリピンなら仕方ない……。言葉にならず唖然としていると手錠をかけられ、空港の裏口からメインと呼ばれるイミグレーション・メイン・オフィスに連れていかれた。

日本大使館のYさんがそこにいたので「どれくらい拘束されるのか」「服は必要か」「お金は必要か」と聞くと、「拘束は数日で、服もお金も不要」と言われる。

オレンジ色の服を着せられ、指紋を取られ、マグショットを撮られる。間違えている名前のボードを持たされ口半開きだ。後日知ったのだがその写真をメディアに渡されていた。

その後、1時間くらい車に乗せられ、ビクタンの収容所に送られる。携帯がないのでどこに連れて行かれるのか分からなかった。ついたそこは見るからに発展途上国の檻で地獄そのもの。

手続き後、檻の中に入れられたが、コンクリートの床に人が寝ていてスペースがない。なんの説明もなく入れられたので途方にくれつつ、仕方がないので床に座ってどれくらいここに閉じ込められるのだろうと考える。フィリピンの一番暑い時期なので、冷房のない暑い中で思考も奪われていく……。

 

 

フィリピン収容所1日目

http://romihoshino.com/?p=18より

投稿日:2019-09-22T22:50:01

最終更新日:2019-09-23T21:55:21

Bureau of Immigration Detention Centerの檻に入れられて2時間たっただろうか? 日本大使館のYが「拘束は数日」と言っていたので、最悪その場で過ごせばいいと考えていたが、飯をもらえず力がでない。

しばらくすると小太りのちょんまげ男が来る。「日本人か? 部屋がないのか?」と聞かれ、ついてくるように促される。
ここにはA棟とB棟があるのがわかったが、両方汚い。築60年でメンテナンスされてないというイメージだ。

ついていくと、A棟の2階の一番奥が日本人部屋となっていて、日本人二人と、アメリカとフィリピンのハーフがいた。そこでベッド代として3000ペソ、扇風機代として1500ペソを請求される。
香港に行く途中だったので2000香港ドルしか持っていない。ほぼ3万円だ。しかしここではペソしか使えないので「両替できますか?」と聞く。収容所の中なのに我ながら馬鹿な質問だ。
しかし答えはイエスだ。
Admin(アドミン)と呼ばれる収容所を管理するオフィスに連れて行かれ、カメラの死角で、ガードと呼ばれる門番に渡した2,000HKDを8000ペソに換えられる。半分以上手数料として引かれる。
不正だ。日本大使館のYにお金は必要ないと言われたので手持ちは8000ペソのみだ。空港で引き離される時に彼女にもらった一万円は使う気がないので隠す。
残りは彼女の生活費にしてくれと上げてしまったのだ。
ベッドのお金を払い、一部屋に四人の二段ベッド上に入る。その日はご飯にありつけないまま寝ようとするが、「今後どうなるのか。ペットの猫はどうなるのか」と気になり眠れない。
そして暑い。35℃を超えている。パンツ一枚で過ごす。

ちなみに前に話題になった地面師と同じベッドだった。記念に画像を載せておく。

次の日の朝、部屋から出ていくが、朝食を持ってくる人はもう帰ったと言われる。パンを分けてもらい、やることがないのでベッドでゴロゴロ。
週に4回面会があると聞き、Adminの電話を借りて彼女に電話。翌日面会ができると伝えた。

 

 

フィリピン収容所で最初の面会

http://romihoshino.com/?p=26より

投稿日:2019-09-22T23:31:22

最終更新日:2019-09-23T21:58:35

 

Camp Bagong Diwa(キャンプ・バゴング・ディワ)内のBureau of Immigration Detection Center(フィリピン収容所と書く)で面会が出来るのは週に4回だと聞いた。火曜日と木曜日は誰でも面会ができ朝10時から夕方4時まで。土曜日と日曜日はファミリーデーで朝10時から夕方5時まで。 ファミリーは申請すればベッドにも連れ込める(賄賂必須)。彼女は11時AM頃来てくれた。彼女はフィリピン人だが収容所に来るのは初めてと言っていた(当たり前か(汗))。 覚せい剤の持ち込みが多発していたため荷物チェックが厳しかったらしい。

フィリピン収容所は、警察学校などの施設が多く入っているCamp Bagong Diwaの中にある。入口でIDを見せて入るそうだ。直進すると収容所の入り口が見えてくる。

グリーンの屋根の下で、面会にくる人たちはIDやノートパソコンやスマホなどガジェットを預け、荷物のチェックを受ける。麻薬をチェックする麻薬犬もいる。

そこでのチェックを終えると二人ずつ入れてもらえる。10時に行くともうすでに何人かいるので入れるまで1時間以上かかったりする。

Administration office(アドミン)の個室で衣類を全部脱いで何か隠していないか、女性は女性の職員にチェックされる。大きなお金は預ける。スタンプを押してもらえたら檻の中に入ることができる。

後で記事にするがこの収容所では、世界でも有名なほど、賄賂が必要だ。ここでは金が全てで、金が無いと本当の意味で命も落とす。

最初に彼女に言った言葉は「ごめんなさい」だった。正確になんと言ったか覚えていないがそのような言葉で謝った。香港にある、行きたい店に行くはずだったのに、このざまにしてしまったので本心からそういった。

そして次に別れを告げた。 説明もなくここに連れて来られたのだが、多分戻れなくなると思ったのだ。

しかし彼女は「戻って来るまで自分で稼いで待っている」と言ってくれた。

香港の親戚の会社でしばらくお世話になるという。それを聞いて、27歳のいい大人だがひと目を気にせず泣いてしまった。
周りの収容者が同情してチョコレートをくれた。しょっぱい。

彼女が香港に行き自分が日本となると飼っていた猫が行き場所を失ってしまう。
なので猫を日本に送る手続きを彼女に頼んだ。 今後のこと、今までの事を話して当日は別れた。次の面会日に来てくれるらしい。

 

 

フィリピンの収容所での一日の過ごし方と最低限かかる費用

http://romihoshino.com/?p=36より

投稿日:2019-09-22T23:59:21

最終更新日:2019-09-23T22:38:42

ここに入れられた当初一番辛かったのは、何もする事が無いということだった。朝起きてから夜寝るまで何もせずボケーッと天井を見て過ごす。 周りの収容者は外人だしヤバイ奴臭がするので関わりたくない。なので殆どの時間をベッドの上で35℃オーバーの中過ごす。 ベッドから降りるのは飯とトイレに行くときのみ。 こんな生活が1ヶ月ほど続いた。 残りの1ヶ月半は友達ができ非常に楽しかった。
この収容所では生きていくためにお金がかかる。
ウォーターサーバーの水、週に100ペソ(200円)
トイレ掃除代月に20ペソ(40円)
国運営の収容所なのに何故か生きていくために必要な水も有料だ。
何をするにもお金がかかる。
例えばここで提供される食事は非常に少ない。

 

このおかず1袋に米1袋が一回の食事だ。野菜や栄養は一切考慮されず一日の推定カロリーは850しかない。
これしか食べないとガリガリにやせていくはずだ。生きていくには自分で食べ物を調達しなければならない。
そういう意味でもフィリピンのこの収容所ではお金が無いということは死を意味するのだ。

 

 

フィリピンに移住した理由

http://romihoshino.com/?p=43より

投稿日:2019-09-23T00:26:42

最終更新日:2019-09-23T22:41:10

 

収容所に拘束されている間考えていたのは、何故自分が拘束されたのかということだった。 頭によぎったのは去年(2018年)の4月2日に被疑者不詳で著作権違反容疑で家宅捜索を受けたことだ。

フィリピンに移住したのには4つの理由がある。

1つ目が 家宅捜索を受けた直後マスコミが取材と名目で様々な人や会社に迷惑をかけた為だ。

2つ目は 警察や日本という国に対して単純に気持ちが悪くなったからだ。長時間の家宅捜索を受けた時に、怒鳴られたり、帰り際に「また家宅捜索してやる」「ゴミを漁ってやる」「 逃げたら晒すぞ」と脅された。また彼らは4/13日にNTTと政府が発表したブロッキングを匂わせる発言をし、監視をしようとしていた。

3つ目は 少し前にフィリピンで新規事業立ち上げを手伝ってくれと友人から誘われていたからだ。

4つ目は 心のどこかでいつか海外に出ると思っていた。なのでこれは良いきっかけだと感じた。結果的にフィリピンで過ごした一年半は、収容所で過ごした日々を含めても人生で一番楽しかった。

もちろん日本を出る前に警察に「海外に行くが問題ないか?」と電話で確認したが「 憲法で保障されているので問題ない」との返信だった。 ログを残す意味で後日メールもしている。 また警察に「10/30日頃一度戻る予定はないか」と聞かれたが、特に無いので「戻る予定は無いが必要なら連絡してくれ」と返信した。 なので本当に著作権違反容疑で拘束されているか分からなかった。 逃げているつもりは無かったし戻れと言われれば戻っただろう。後日イミグレーションに手紙で何故自分が拘束されているのかを問い合わせたら、日本大使館から著作権法の違反で逃亡している旨を知らされていると返事があった。

電話とメールで警察には確認しており、逃亡しているつもりは一切なかった。逃亡犯扱いをされるのは納得できない。

 

 

フィリピンで拘束されてから日本に強制送還させられるまでの流れ

http://romihoshino.com/?p=53より

投稿日:2019-09-23T07:06:44

最終更新日:2019-09-23T22:03:11

 

2019年の7月7日にフィリピンの収容所に拘束され、日本への強制送還が9/24となった。
約二ヶ月半どのようフィリピン入国管理局(Bureau of Immigration: 以下、イミグレーションと書く)が処理していたか書いてみようと思う。

7/7 拘束される
8/7 イミグレーションがドイツ大使館とイスラエル大使館に日本に送っていいか手紙を出す
8/24 イスラエル大使館とドイツ大使館が返事をする
9/4 イミグレーションが日本大使館に迎えに来る日を聞く
9/24 強制帰国

とにかく遅い。遅すぎる。
特に最初の一ヶ月「何してたの?」レベルで何も事が進んでいない。
いたずらに拘束期間が伸び食事も850カロリーしか受けず人権侵害を受ける。本人には一切教えてくれない。日本大使館のYには「ここに一年はいてもらう」と言われ、精神的ショックは当初大きかった。

自分はイスラエル、ドイツ、日本の三重国籍なので各大使館に問い合わせをした。

各大使館非常に対応の差があったのでメモ。
ランクをつけるとすると
ドイツ→イスラエル→日本
の順で対応がよかった。と言ってもドイツ以外は最悪の状態だった。

ここのベッドは汚くて、敏感肌の自分には非常に辛く肌荒れを各大使館に相談したが、助けてくれたのはドイツのみだった。
日本大使館は話だけ聞き医者も読んでくれなかった。
そもそも日本大使館のYがここに連れてこられるときに「服やお金は要らない」と言ったので服を持ってこなかった結果、汗まみれになった服を着続けなければ行けないのが肌荒れした原因だった。
イスラエルも何もしてくれなかったが騙さない分ましだ。

他にもドイツだけお金が無ければくれると言ってくれたり自国民を大切にしてくれた。
今後はドイツに忠誠を誓う。

 

 

フィリピンで住んでいた場所と家賃: Bonifacio Global City

http://romihoshino.com/?p=59より

投稿日:2019-09-23T07:11:11

最終更新日:2019-09-23T22:00:46

 

フィリピンに来てから通称BGCと呼ばれるBonifacio Global Cityという地区に住んでいた。
その名の通り、先進国並みにビルが立ち並びその地区で生活する分には日本より住みやすく安全であった。
インターネットも100M実測で1Tまでのプランがある。

コンドミニアム名は伏せるが最初の半年は65000ペソ(130000円くらい)/月
後半一年は105000ペソ(220000円くらい)/月
に住んでいた。

契約時に住む期間+2ヶ月デポジットを入れた。

フィリピンは安く済ませようと思えば安い生活ができ普通の日本人が許容できる範囲の生活では日本以上にお金がかかる場合も多い。

丸亀製麺など日本のお店も多くあり、ラーメンなども食べることができる。

辛いうどん!

フランス料理や中華料理も。おいしい食べ物に困らない。

 

 

フィリピン収容所で衝撃的だったこと

http://romihoshino.com/?p=62より

投稿日:2019-09-23T07:16:30

最終更新日:2019-09-23T22:12:35

BGCでの便利な生活から一転、フィリピンの収容所に入れられて特に衝撃的だったことをいくつか書く。

1 シャワーとトイレの水が出ない

シャワーするにはウォーターサーバーの空ボトルに一階の水が出やすい蛇口から水を汲み運んでバケツに入れてその水をスコップ?でかけてシャワーする。ちなみに水は5ガロン(19.6L)だ。運ぶには重いしシャワーには足りない。 もはやカラスの水浴びといい勝負だ。

一番嫌だったのはトイレだった。 画像を見ると分かるがタンクがない。

つまりバケツに水を入れて自力持ち上げ勢いよく流す必要があった。その水ももちろん下の階から運ばなければならない。 また、フィリピンの排水管は狭いのでトイレットペーパーを流してはいけないつまり水で洗いながら手で拭かなければならないのだ。 これが嫌で最初はトイレットペーパーをこっそり使っていたがやはりつまり怒られた。一ヶ月もすると気にならなくなるのが恐ろしいがここはフィリピンのイミグレーションである。

2 不正と賄賂が横行しすぎている フィリピンのイミグレーションは内部で生活雑貨やお菓子を売るお店がある。

そこまでは普通だが運営者は収容者だ。また運営者はタックスと呼ばれるミカジメ料をイミグレーションに支払っていた。 そのため外で買うより物価が高く貧困層はより辛いと思い。

例)コーラ 外だと26ペソ(56円)がここでは50ペソ(100円)。 タバコ外だと80ペソ(165円)が200ペソ(400円)。

長くなったので次の記事で続きを書きます。

 

 

続・フィリピン収容所で衝撃的だったこと

http://romihoshino.com/?p=74より

収容所で衝撃的だったことの続き。

3 収容所の敷地内にビリヤード台があり1時間200ペソ(400円)で収容者が貸し出してる。

4 入れ墨が入っている人がほとんど。
収容者の7割に入れ墨が入っている。
普通に町を歩いてもそんなに入れ墨入れる人みないがここでは7割。
入れ墨入れると収容されやすいらしい。入れ墨も相まって折の外から見ると怖い。

5 覚せい剤が簡単に手に入る
韓国人が覚せい剤を売っていて簡単に手に入る。流石に看板は出ていないが声をかけて売ってる奴がいる。
「収容所の中で???」と疑問だったが、1年前はそれに加え売春婦がウロウロしていたらしい。マシになったそうだ。

6 病院は意識不明か自腹でないと行けない
これが一番酷いと思った。
ここのガードと呼ばれる看守は病人がいても病院に連れて行かない。
連れて行って欲しければ10000ペソ要求される(20000円)
これが原因で足を運ぶ切断したりガンで治療できず死ぬ人が多発している。足を切る原因は不衛生な場所にサンダルだからだ。
足の切断をせざるを得なくなった人にインタビューしたので、近々公開しようと思う。

7 帰国時にイミグレーションの職員にお金を請求される。
俺が世話したんだから1000か2000ペソおいて行けとほぼ全ての職員に言われた。二度言ってくる奴もいた。

8 収容者の平均拘束期間が長い
あくまで色々な人にインタビューした平均だがオーバーステイのみやフィリピンに犯罪がない場合でも1年勾留は普通だ。
他の国なら数日で済む話だ。

 

 

犯罪者がフィリピンに逃げる理由

http://romihoshino.com/?p=78より

投稿日:2019-09-23T17:01:28

最終更新日:2019-09-23T22:21:02

よく三流雑誌がフィリピンに犯罪者が逃げる理由を書いているが、星野ロミ記者は実際に犯罪者にインタビューし、本当の理由を明らかにする。

フィリピンは偽装免許や各種IDが簡単に手に入る。それこそ収容所の中から注文もできる。
その偽装IDを使いコンドミニアムを借りたり就職すればまずバレない。もちろんオーバーステイ前提でフィリピン国外からは出ることができないのだが。

自国に戻る気がない犯罪者は、まずは偽装IDを作る。

「でも捕まってしまったら日本に送り返されるのを待つのみで終わりでしょ?」と普通は思うだろう。しかしここはフィリピン。2ミリオンペソ程度の賄賂で逃してくれる人がいる。現に一年で3人韓国人がその方法で抜け出している。もちろん違法だ。逃げ出してもイミグレーションは不祥事になるのでもみ消してくれるそうだ。
現に3回ほど自分もオファーを受けた。

他にも強制帰国させられないためにわざと事件をフィリピンで事件を起こしたように見せる(訴えを起こしてもらう)ことをする。その裁判が終わらないと出国できないからだ。フィリピンのイミグレーションは金さえあればなんでもやるので、本国に帰ると死刑という人などがやる。
イミグレーションの中なら犯罪をもみ消してくれるのでクレジットカードの不正利用で荒稼ぎしてわざと居座る人もいる。

他にも強制帰国時に空港で暴れて、パイロット権限で搭乗拒否させて、収容所に戻るとう「暴れ拒否」などのテクニックを一部の「プロ」が実践している。

 

 

現在投稿されている記事はここまでとなっています。

投稿者ページ

星野路実のブログに投稿者ページもありました。

http://romihoshino.com/author/romihoshino/より

名前:星野 ロミ

説明:
日本、イスラエル、ドイツの三重国籍の星野ロミのブログです。 2018年5/13から本格的にフィリピンに移住して「さぁ世界に羽ばたくぞ」と意気込んでいましたが、なんと、2019年7月7日、フィリピンの空港でインターポールに捕まりBureau of Immigration Detention Center(収容所)に9月24日まで拘束されました。そこでの出来事などをお伝えしたいと思います。このサイトで発生した報酬は慈善団体に一部寄付されます。 趣味は旅行とおしゃべりと猫とシーシャとふざけること。

 

さいごに

いやー・・・。

星野路実って彼女居たのですね・・・

 

また、「楽しいキャンプ生活」のメンテナンスモードが解除されたらお知らせしたいと思います。

24日の夜に福岡空港に到着し、現在は拘束されているはずなのでしばらくはこのメンテナンスモードは解除されないのかもしれません。

 

というか、わざとメンテナンスモードにしているのかも・・・?